大判例

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福岡高等裁判所 平成11年(ラ)104号 決定

抗告人 X1

X2

事件本人(亡養子) A

主文

原審判を取り消す。

抗告人らが事件本人と離縁することを許可する。

理由

1  抗告人らは、主文同旨の裁判を求め、別紙「抗告の理由」のとおり、その理由を述べた。

2  一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  抗告人X1は、昭和27年、父の家業であったa呉服店を再開し、抗告人X2はこれを補佐していたが、抗告人らは、その頃、取引先の呉服店の従業員として出張してきていた事件本人と知り合い、昭和37年1月、事件本人と養子縁組をした。

(2)  事件本人は、縁組後しばらく抗告人らと同居していたが、約3か月経過した頃、抗告人X1は、事件本人の要望を容れ、抗告人ら住居の近くに土地を購入し、これを敷地として事件本人名義の家を新築し、右敷地を事件本人に無償で使用させた。

事件本人は、同年夏、a呉服店にアルバイトに来ていた、抗告人X2の従妹であるB(旧姓B1)と知り合い、抗告人らの薦めもあって、昭和39年10月、挙式の上結婚し(届出は昭和39年12月)、昭和41年○月長女C、昭和46年○月、長男Dを儲けた。

(3)  Bは、長女Cが出生直後、Cを連れてa呉服店へ行った際、抗告人X2が同店の炊事のおばさんに「こんなおかしな赤子は始めてみた。」と言っているのを聞いて反感を持ち、それ以来約10年間、抗告人らのところへは一切出入りしなかったが、昭和51年頃、同店に勤務していた女性従業員に薦められて同店に勤務することになった。

Bは、その頃から、2、3回は抗告人らのもとへ長男Dを連れて行ったことがあるが、同人が小学入学頃からは、抗告人らの所へ行くことを嫌うところから連れて行ったことはない。

(4)  抗告人らと事件本人の長女、長男との交流は上記以外には全くなく、疎遠である。

事件本人の長女は、平成6年11月、結婚したが、抗告人らは、事件本人夫妻が結婚式の前日まで何の相談もしなかったとして、結婚式にも出席しなかった。

長女は、現在、鹿児島市に居住し、長男は、就職して、船橋市に居住している。

(5)  抗告人らは、抗告人X1が平成8年4月、脳梗塞で入院した際、事件本人夫妻が見舞いに行かなかったとして不満を持っているが、このことについて、Bは、抗告人X2に頼まれて、自動車で同人を病院まで送ったことがあるが、その際、抗告人X2からすぐ済むから車内で待つようにと言われたので病室までは行かなかったと弁解している。

(6)  事件本人は、平成8年10月30日、脳溢血で倒れるまでa呉服店で従業員として勤務し、同年11月6日、死亡した。

(7)  抗告人らと事件本人との関係は余り親密な親子関係が形成されないままであった。

特に抗告人X2とBとの間は葛藤が強く、事件本人死亡後、抗告人らとBとの間はいよいよ険悪となり、現在、事件本人所有の前記家屋の敷地の使用権原について紛争が生じている。

3  民法811条6項は、養親又は養子が死亡後に他方当事者を法定血族関係で拘束することが不相当になった場合、生存当事者の利益を考慮して死後離縁を認めることとし、その際、道義に反するような生存当事者の恣意的離縁を防止するために、死後離縁を家庭裁判所の許可にかからしめたものと解するのが相当である。

そこで検討するに、前記認定によると、抗告人らは、〈1〉老後の世話、〈2〉家業の引継ぎ、〈3〉財産の相続を主な目的として、事件本人と養子縁組をしたことが推認されるところ、事件本人が抗告人らより先に死亡したため、右の目的はほとんど達せられなくなってしまったこと、事件本人の長女Cはすでに嫁いで鹿児島市に居住し、長男Dは、就職して千葉県船橋市に居住しているが、もともと抗告人らとは疎遠であり、同人らに右〈1〉、〈2〉を期待することは到底できない状況にあることを考慮すると、抗告人らの本件申立ては理解できないものではない。

右BやCらは、本件申立てについて、事件本人の長年にわたる貢献を無視するものと非難しており、確かに、事件本人は34年間、a呉服店に勤務し、それなりの貢献をしてきたことは認められるが、もともと事件本人は、以前他の呉服店で勤務していたものであり、妻Bと結婚後は新築の家を購入して貰い、その敷地の無償貸与を受けてきたのであって、本件縁組によって事件本人のみが一方的に不利益を受けたとも認めがたく、Cらに前記〈1〉、〈2〉について期待ができない状況を考えると、Cらの代襲相続の権利だけが保護されるべきであるとの見解も採用できない。(なお、前記家屋の敷地の使用権原が離縁によって直ちに解消するとの扱いは相当でなく、法律上も検討の余地がある。)

4  したがって、本件申立てを恣意的申立てであるとして却下するのは相当でなく、右と結論を異にする原審判を取り消し、本件申立てを許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川畑耕平 裁判官 野尻純夫 岸和田羊一)

(別紙) 抗告の理由

1 抗告人らは、昭和37年1月27日、亡A(以下亡Aという)と養子縁組した。

2 抗告人X1(以下抗告人X1という)は、b商事の屋号で、旅館やホテルへの用品卸商を営む者であり、抗告人X2はその妻である。亡Aは、抗告人X1の後継者として抗告人X1の仕事を手伝っていた。亡Aは、昭和39年12月16日、B1と婚姻した。

3 亡Aは、平成8年11月6日死亡し、その妻子とも、抗告人X1の仕事を手伝うこともなく、申立人ら家族との行き来が全くない。また、亡Aの子はいずれも成人に達しており、子の福祉上重大な支障が生じることもない。

4 そこで、抗告人らは、民法第811条第6項に基づき、亡Aとの親族関係を解消すべく、死後離縁の審判を申立てた。

5 しかるに、上記事実関係のもと抗告人らの申立てを却下した原審判には、以下の理由で法令解釈の誤りの違法がある。

(一) 民法811条6項は、養親死亡後実家を相続する必要が生じたような場合、死後離縁を認めないと不都合であることから、養親死亡後の養子からの離縁に関し、戸主の同意をえて死後離縁をなしうるという規定が設けられ、戦後戸主の同意に代わって家庭裁判所の許可を要することとされたものである。

したがって、従来は、養子死亡後の養親からの離縁は認められていなかった。しかし、養子死亡後に養親の側から縁組後生まれた養子の直系卑属との法定血族関係を消滅させるための死後離縁を認める必要性のある場合があるし、成年養子縁組の多い我が国の実情においては、養親からの死後離縁が妥当であることも少なくないこと、養親から死亡養子の直系卑属との関係を消滅させうるとすると未成年の子の福祉にとって好ましくない場合を生じないかの疑問もあるが、家庭裁判所の許可にかからしめることでその弊害を除去できるとして、昭和62年法改正によって養親からの死後離縁が認められるに至った(西岡宜兄『夫婦・親子215題』判例タイムズ747号246頁以下、最高裁判所事務総局編『家庭裁判資料一三九号養子制度の改正に関する執務資料』20頁参照)。

(二) そもそも、民法が死後離縁を家裁の許可にかからしめた趣旨は、相続、扶養等で多大の利益を蒙りながら、不当に扶養の義務のみを免れようとするなど、親子間の道義に反するような離縁でないか、亡養子に未成熟子がある場合に、離縁がその子の福祉上に重大な支障を与えないかなど、恣意的な離縁をチェックするためであると考えられる。

したがって、家裁の許可の判断基準は、一方当事者死亡後の養親子間の法定血族関係を、消滅させることを、不相当とする事情の存否が、審理のポイントとなる。そして、本人以外の僭称申立、死亡当事者の親族からの強要、他の目的を達する動機から出た制度の不当利用、申立人の真意に基づかない申立などでないかどうかにも留意すべきであるとされている。そのような審理をした上で、申立が真意に基づくものである以上、原則として許容すべきであるとされる(西岡宜兄『夫婦・親子215題』判例タイムズ747号246頁以下、最高裁判所事務総局編『家庭裁判資料139号養子制度の改正に関する執務資料』122頁等参照)。

(三) 本件では、養子死亡後の代襲相続すべき子供は、昭和41年○月○日生の長女C(平成6年11月14日婚姻、現在33歳)、昭和46年○月○日生の長男D(現在27歳)であり、もはや未成熟子ではなく子の福祉を考える必要はない。本件原決定は、本件養親子間において親疎さを欠く関係にあることを認めており、養親からの離縁には、親子間の道義に反するような事情は認められず、恣意的な離縁とは認められない。

(四) 民法は、生前養子との離縁の場合、協議による離縁(811条第1項)、調停による離縁(家事審判法第18条第1項により調停前置主義)、裁判による離縁(814条第1項)の方法を認めている。即ち、離縁しようと考える相手方が生存する限りにおいて、協議や調停が成立しなくとも人事事件訴訟手続によって裁判手続を行い、法定の離縁事由が存在する場合には、裁判上の離縁が認められている。

そして、その裁判上離縁の法理はほぼ婚姻と同様の法理が妥当するものと考えられ、養親子関係においてもいわゆる破綻主義が採用されている。生前の場合であれば離縁できたものが死亡後に離縁できなくなるのは不合理であるといわざるをえない。本件においては養親子間の信頼関係は既に生存中に損なわれ、縁組を継続しがたい重大な事由が存在したものとすら考えられるのである。

原決定は、相続人の廃除等の制度同様の理由が存在する場合のみに限って、離縁を認めようとするものであるが、そうであれば、敢えて相続人の廃除以外に裁判所の許可をもって死後離縁を認めた意義を没却するものといわざるをえない。相続人の廃除の手続をしても同様の結果が認められるのであれば、そちらを選択すれば足りるからである。

(五) 養親子間の法定血族関係を存続させた場合、代襲相続が生じることに最大の問題があり、これを奪いたいと考える養親は、遺言の方法により対処する以外なく、それでは遺留分の問題が残存することにある。

確かにこれを一方的に奪うのであれば、代襲相続人の相続の利益を侵害することになるが、既に養子の生存中に、裁判上の離縁の要件が具備していると考えられる場合にまで、代襲相続人の相続の期待を守るべき必要はないというべきである。

(六) もともと、原決定のように厳格に死後離縁制度を捉えるべきではない。死後離縁は、縁組一方当事者の死亡後もなお存在する法定血族関係を消滅させる一方的意思表示と考えられ(たとえば、東京高裁昭52・6・13判時861号65頁)、当事者が死亡後も法定血族関係が切れないという考え方に対しては、縁組は養子を養親の「家」ないし親族団体の中に取り込むという考え方に立脚するものであり、それは近代養子制度における縁組の中核的効果が法定親子関係の設定であり、法定血族関係は付随的、派生的なものに過ぎないとして学説の批判を浴びている(例えば、遠藤=川井ほか『有斐閣双書(8)親族〔第3版〕』215頁以下参照)。

また、判例タイムズ747号247頁前掲論文によれば、実務上死後離縁許可審判申立の殆どは問題の認められない事例で、却下例は少ないように思われるとされており、本件が例外的な濫用事例とは到底思われず、原決定は法令の解釈において間違っているものといわざるをえない。

6 よって、抗告の趣旨どおりの裁判を求めるため、即時抗告を申立てる。

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